企画展示
第五回企画展 金工芸作家 矢部雅一
会期:
2025年3月15日土曜日
〜
2025年5月11日日曜日
協力:
矢部雅一氏は、主に銅や真鍮などの金属板を素材に立体造形する金工芸作家である。
金工芸の技法は大別すると鋳金、彫金、鍛金の三つがあるが、矢部氏が行ってきた技法は鍛金である。鍛金は打物ともいい、金属の展延性、収縮性を利用して、金属板を金槌などで打ちながら成形する技法である。さらに鍛金は、鍛造、鎚起、板金の技法があるが、矢部氏が主に行う技法は鎚起である。鎚起は、金属を打ち延ばしながら、金属板の伸展性を利用して立体造形するもので、現在一般に鍛金と呼ばれている。作業的には、木の台(当台)に当金を取り付け、金属板をこの当金に当て、金槌や木槌等で叩きながら立体に成形するものである。つまり、二次元の金属板を三次元の立体へと変容させる技であり、金工芸の技法の中でも技能を伴う高度なものといえよう。
埼玉県川越市に生まれた矢部氏は、東京芸術大学美術学部工芸科に進み金工芸鍛金専攻で学ぶ。在学中、一枚の銅板からヤカンを鍛金技法で成形し、担当教官から確かな技能と認められる。また、卒業制作作品もサロン・ド・プランタン賞と安宅賞を受賞し、その高い技能は教授群も認めるところであった。卒業後同校美術研究科修士課程に進むが、中退して民間企業のデザイン室に入社し車のデザイン等を行う。その後、青年海外協力隊としてネパールに赴き王国家内工業局で手工芸デザインの指導を2年間体験する。帰国後は、鳥取大学教育学部に美術工芸指導の講師として採用される(後に助教授、教授となる)。この頃から、自らの作品制作を本格的にはじめ、日本現代工芸美術展や日展に出品するようになる。
矢部氏の作品を概観すると、制作テーマは何年か継続追求されシリーズ化されている。最初に現れるシリーズは《礁》シリーズで、海面下にあって高い海水圧と日本海の激流などに耐えながらも少しずつ形を変える岩礁の存在に関心を寄せながら、制作している。次に展開する《包む》シリーズでは、土中に潜む化石から発想してイメージを膨らませている。これは、次の《capsule》シリーズにもつながり、包み込まれたものは少しずつ変容していく。さらに関心は移り変わっていく地球へと広がり、《egg》のシリーズへと発展している。そして、最後に取り組んだのが、姿のない風を造形的に表現する《WIND》シリーズであった。
こうしてみると、矢部氏の制作の根底には、容易に目にすることが叶わないものへの強い関心や好奇心があり、またそれらは永久に不変のまま留まるものはなく少しずつ変貌し続けている、それに対する懐疑、不安や恐怖、同時に淡い期待も込められているように思われる。併せて、抽象表現の可能性への挑戦もある。
矢部氏は、油粘土で精巧な小さなエスキースをつくり上げながら、立体の構造や制作過程や技法などをイメージした上で制作に取り掛かり、優れた立体感覚と高い技能をもって作品を創造していく。作品の表面にみるリズミカルな鎚跡からも、膨大な時間をかけ作品つくりに挑む真摯な姿勢と、その過程の中で思いを刻み込んでいることがわかる。単なる二次元の物質にさまざまな手法を凝らして変容させ生命感や表情などを与え、表現作品へと変貌させる。矢部氏は伝統的な工芸の技法を継承して作品を創造するが、それは工芸の域を超え、彫刻作品とでもいうべきものであるように思う。(北栄みらい伝承館 門脇 博)
「金工芸作家 矢部雅一」
矢部 雅一(YABE Masaichi)
1939年、埼玉県川越市に生まれる。1964年、東京芸術大学美術学部工芸科金工芸鍛金専攻卒業、卒業制作作品でサロン・ド・プランタン賞、安宅賞受賞。1965年、同大学美術研究科修士課程中退。東洋工業(現マツダ)のデザイン室に入社。1970年、青年 海外協力隊としてネパール王立家内工業局にて手工芸デザインの指導を行う(2年間)。1973年、鳥取大学教育学部に講師として採用される(後に助教授、教授となる)。1975年、第4回日本現代工芸美術展初入選(以後毎年出品)。1976年、第8回日展初入選(以後4回入選)。1978年、現代工芸美術家協会会員推挙。1985年、矢部雅一工芸作品展(画廊鳥取美術)。1988年、矢部雅一金属造形展(画廊鳥取美術)。2004年、鳥取大学定年退職、現代工芸美術家協会退会。
※サロン・ド・プランタン賞:東京芸術大学美術学部における卒業作品の中で、教授会が推薦した優秀作品に授与される賞。各科で数点で、工芸科からは1名に授与される。
※安宅賞:東京芸術大学において芸術家の育成のため専攻ごとに一番優秀だと教授が判断した学生に贈られる賞。
矢部雅一氏は、主に銅や真鍮などの金属板を素材に立体造形する金工芸作家である。
金工芸の技法は大別すると鋳金、彫金、鍛金の三つがあるが、矢部氏が行ってきた技法は鍛金である。鍛金は打物ともいい、金属の展延性、収縮性を利用して、金属板を金槌などで打ちながら成形する技法である。さらに鍛金は、鍛造、鎚起、板金の技法があるが、矢部氏が主に行う技法は鎚起である。鎚起は、金属を打ち延ばしながら、金属板の伸展性を利用して立体造形するもので、現在一般に鍛金と呼ばれている。金工芸の技法の中でも技能を伴う高度なものといえよう。制作テーマは何年か継続追求されシリーズ化されている。制作の根底には、容易に目にすることが叶わない ものへの強い関心や好奇心があり、またそれらは永久に不変のまま留まるものはなく少しずつ変貌し続けている、それに対する懐疑、不安や恐怖、同時に淡い期待も込められているように思われる。併せて、抽象表現の可能性への挑戦もある。